山の奥に佇むバーがあった。この日はちょうど雨が止んだばかりで、木々がいっそう青々と輝いていた。重厚なエントランスを抜け、目に飛び込んでくるのは、一枚板のバーカウンターと箱根の大自然だ。
ウイスキーのボトルが山並みを描くように並んでいる。カラフルなリキュールも、凛として出番を待っている。厳かささえ感じる、大人のための空間。
ホテルに付随するバーというよりも、ここでは「バーがホテルの顔」である。「バーに泊まる」という体験ができるホテル、bar hotel 箱根香山。宿泊料金に、バーテンダーが厳選した銘酒のフリーフロー料金が含まれるのだから驚きだ。つまり、このバーで帰路も気にせず心ゆくまでお酒を飲んで、あとは温泉に入って寝るだけという、極上の体験が楽しめるのだ。
副支配人の川野さんは、「バーホテリエ」として働いてくれる人を募集中だと言った。bar hotel 箱根香山ならではのポジションだ。ホテル業務をメインに運営に携わることができるのはもちろん、お酒が好きならバーテンダーとしてキャリアを築いていくこともできる。本人の希望に合わせて、可能性を広げていける職場だ。
「未経験でも大丈夫です。得意なことを、まずは一つ作っていきましょう!」と、川野さんは軽やかに言った。
ポジティブに仕事に取り組み、自分のキャリアの可能性を広げたいと思う方へ。bar hotel 箱根香山で働く二人のバーホテリエを紹介したい。
この場所を、バーテンダーの登竜門に
副支配人の川野さんが「彼はうちで一番センスのいいバーテンダーです。バーテンダーとしての基礎がしっかりとあり、その実力とセンスを、このホテルの余白の部分で発揮してくれている」と太鼓判を押した人がいる。それが三露さんだ。がっちりとした体格でスーツを着こなし、シェイカーを振る姿が粋だ、粋すぎる…。
「bar hotel 箱根香山はお酒好きのためだけのホテルではないです。強いお酒は飲めない、何を飲んだらいいか分からないという方でも、バーテンダーがお伺いして、必ずお口に合うものをお出しすると約束します。」三露さんは揺るぎない自信をたたえて、そう話した。
三露さんは元々、同じく箱根の名ホテル「富士屋ホテル」のレストラン部門で、バーテンダーとして働いていた。富士屋ホテルは改装のため2年間クローズし、そのタイミングで三露さんは東京の別ホテルへ出向となった。時期を同じくしてbar hotel 箱根香山がオープンすると知り、「バーに泊まる、というコンセプトが今までになかったのと、バーテンダーとして、またホテルマンとしての両面で活躍できれば」という思いで、bar hotel 箱根香山に転職を決めたのだった。
転職して2年、現在はチーフバーテンダーとして、bar hotel 箱根香山バーチームのトップを勤める。新入社員でバーテンダーを目指すスタッフの育成や、発注などの数字管理、外部との取引など、表舞台の仕事から裏方までこなす。
さらに最近では、シマダグループ内の建築デザインチームと共に、「シャンパンスイート」という特別な客室を作り上げた。近世ヨーロッパをイメージし、その世界観を細部にわたって再現している。当時使われていたものと同じフォルムをしたアンティークグラスや、手作業で作られたシャンパンクーラーなどは、バーテンダーとしての知識を駆使して選定された備品だ。
bar hotel 箱根香山では、バーテンダーも時にホテルスタッフとしてゲスト対応を行う。
「大体14時に出勤して、チェックアウト対応をします。それから仕込みや掃除をして、18時からチェックイン開始とともにバーもオープンします。深夜帯のスタッフに引き継いで、23時頃に帰宅します。基本的にはバーのチームと予約のチームとに役割が分かれているのですが、深夜帯勤務の際などにお客様からお問い合わせの電話がかかってきた場合は対応します。一般的なホテルであれば、そういった電話は予約管理の方で対応すると思うんですけれど、このホテルでは全てのスタッフが対応できます。」
この先、bar hotel 箱根香山で取り組んでいきたいことは何かと質問すると、「バーを代表する建物だと思っているので、バーテンダーの登竜門にしたい」と答えてくれた。落ち着いた口ぶりの奥に、情熱を秘めているようだ。
「バーテンダーもどんどん人が少なくなっている現状があります。このホテルが、改めてバーというカルチャーを盛り上げていく一つのきっかけになればいいなと思います。バーテンダーはお客様に喜んでもらうのが何より大切ですが、自分が美味しいと思ったものをお客様に共感してもらえることが大きなやりがいですね。」
バーテンダーになりたい!と思った時、働く場所の選択肢としては、ローカルに根付いた街場のバーで働くことも考えられるだろう。例えば、そういったバーで働くよりも、bar hotel 箱根香山で働くからこそ得られる経験はあるのだろうか。
「ここで働くと、カクテルなども含めてほとんどのお酒が宿泊料金にインクルードされていて、かつ飲み放題です。なので色々なカクテルを作る経験ができ、そういった面ではかなり鍛えられるかなと思います。あと、やはりお客様の中には飲み慣れてる方もいらっしゃって、ご指導いただくこともあります。かと思えば初めてバーに来たというお客様や、欧米系の海外の方もいらっしゃるので、幅広いお客様と接する中で対応力が身に付きます。」
バーホテリエとして働く以上は、バーに興味がなくてはだめなのかとも思ったが、空間作りが好きであればきっと楽しめると三露さんは語る。
「もちろん、バーテンダーをやりたいという方もウェルカムなんですが。barhotel 箱根香山は空間作りがしっかりしていて、良いコンセプトがある場所です。バーという空間があるから、カクテルがより美味しく感じるというのもあります。バーと、2階のラウンジスペースでは雰囲気が全然違いますし、お部屋はお部屋でシンプルで落ち着ける作りです。そういった空間や体験をプロデュースしていくのが好きな人は向いていると思います。」
バーホテリエらしいホスピタリティ
今回お話を伺ったもう一人のバーホテリエは、伊東さんだ。旅行が好きで、大学時代は国際系の学部を専攻していた伊東さんは、新卒でシマダグループに就職した。最初の配属先である六本木の「HOTEL S」には3年半ほど勤務していた。ちょうどコロナ禍が落ち着いてきたころ人事異動のタイミングがあり、「インバウンドも戻ってきて、英語を使える機会も増えそう。せっかくなら違う土地で挑戦してみたい」と、bar hotel 箱根香山への異動を受け入れたのだった。
副支配人の川野さんは、伊東さんのことをこう紹介してくれた。
「お客様の懐に入って、リラックスしてもらうのがすごく上手で、特にチェックイン対応はピカイチですね。初めてのご宿泊で緊張されているお客様もすぐに和ませ、要望を引き出して提案する力にも長けています。」
bar hotel 箱根香山では、チェックインをバーカウンターで行い、ウェルカムドリンクにシャンパーニュを提供する。伊東さんは、このホテルならではのその瞬間を、ホテリエとしてこう捉えている。
「いわゆるバーだと、お客様との間には立ち入っちゃいけない暗黙の領域のようなものがあるかと思うんですけれど、うちはその点、ホテルとしてのフロントの機能を一旦挟むので、最初の会話のきっかけを作ったりできて打ち解けやすいと思います。チェックインの時点でお客さんの雰囲気を掴んで、バーにいらっしゃったらこういう接客をしよう、あれをおすすめしよう、とかを考えておくとそれが後に活きる、みたいな。お客様の心がバーでほぐれて、ぽろっと本音が聞けることなんかもあって、そんな時はお客様との距離をすごく近く感じます。」
終始朗らかな笑顔で話す伊東さんだが、こんな風にお客様との関係性を作るのは言うほど簡単なことではないだろう。前職場のシティホテルで、短時間でお客様の求めているものを判断し提案するという経験を繰り返してきたことが、伊東さんの魅力的なスキルの一つとなっているようだ。
伊東さんは日勤のシフトに入ることが多い。
「朝9時に出勤して、退勤は18時か19時ごろですね。チェックアウトからチェックインの間に、予約メールのやりとりや宿泊プランの考案、清掃も行います。朝にはモーニングバーを行っているので、日勤のスタッフはその対応もします。朝10時から12時半までの間だけ営業するモーニングバーでは、フルーツを使ったさっぱり軽めのカクテルや、アルコールに漬けて香り付けしたコーヒーの提供もしてますよ!」
bar hotel 箱根香山では、朝からお酒の奥深い世界を楽しめるようだ。バーテンダーでなくても、お酒とは毎日関わることになるわけだが、お酒の勉強などはどうやっているのだろうか。
「元々お酒について詳しかったわけではないのですが、飲むのは好きで興味はあったので、バーに入りながらちょっと余裕があるときに、ボトルの裏を見ながらGoogleで調べて、1日1テイスティングして(笑)。ひたすら調べて飲んでました。お酒の勉強は独学ですが、チェックイン中に並んでいるボトルを見たお客様からお酒の質問をされることもたくさんあるので、必然的に覚えなきゃという気持ちになり、知識もついてきます。」
予約チームの中には、あまりお酒が飲めないスタッフももちろんいる。bar hotel 箱根香山で働くうえで、お酒の知識は「あればなおヨシ!」なスキルだとすると、「なくてはならない」必須スキルや心持ちは何だろうか。
「常に新しいことをやっていこう!という施設なので、新しい挑戦に前向きに取り組めるかどうかでしょうか。コンセプトがしっかりあるホテルではありますが、最近は珍しいコンセプトのホテルも増えましたし、似た体験を売りにしてるホテルもあると思います。そういった中で常に新しいことに取り組んでいき『あそこのホテルはちょっと違うよね』という存在でありたいというのは、施設としての思いでもあります。」
「あと、ここは若い人材が多く、自由度の高い現場です。例えば、最近ラウンジのお酒のディスプレイを変えたのですが、取り組んでくれたのは新卒1年目の子です。元々はシンプルに、よくバーで見るようなお酒を並べていたんですけど、それじゃ面白くないよねということで一風変わったお酒やお菓子を並べることに。基本的には手を挙げれば、何でもチャレンジさせてくれます。」
インタビュアーである私もまんまと気になって、食い入るように見ていたこのディスプレイは、bar hotel 箱根香山メンバーのチャレンジ精神の具現だった。館内のあらゆるシーンで、お酒という文脈を丁寧に紡いでいるのが分かる。
ホテルの可能性も、その人自身の可能性も広げる
bar hotel 箱根香山の変化はこれからも続いていく。その理由は「ソフト面から変わっていくホテルだから」と副支配人 川野さんは教えてくれた。
「開業してたった5年ですが、中で働いてるスタッフの個性によって、その都度とても大きく変わっています。大きい方針はあるのですが、その時々チャレンジしたいことはあって、その変化を、みんなで楽しむ。」
今年はbar hotel 箱根香山開業5周年ということで、特別にカクテルとフードのペアリングコースを提供するそうだ。一人の料理人と一人のバーテンダーがペアになって1品ずつ担当し、合計10人で完成させる。それぞれの技術と個性を出し合い、マリアージュを極めた素晴らしいコースになるだろう。こういったレベルの高い連携は、フロントとバーの間でも日常的に行われていると言う。
「お客様の一つの要望に対しても、バーテンダーとフロントの、それぞれのプロの視点から色んな意見が出てくる。bar hotel 箱根香山の、そのクオリティの高さはすごいなと思います。」
「バーホテリエ」というポジションは、バーと、フロントを含むホテルの中のあらゆる機能とをシームレスに繋げる。それが宿泊体験の可能性も、その人自身の可能性も広げていくのだ。