この街で働き、暮らすなかで
いつも身近に感じている大切な「ばしょ」「もの」「ことば」をインタビュー。
それら「三つの合言葉」から、街の魅力を深堀りするコラムです。
気になった街には、ぜひいつか訪ねてみてください。
合言葉で、知られざる街の扉を開けよう——
今回は、長崎県の福江島にあるホテル「カラリト五島列島」で働く原野さんにお話をお伺いしました。
原野さんは、カラリト五島列島で主に「asobi」を担当している。asobiとは、言葉の通り五島列島を楽しむための「遊び」体験を用意してくれるセクションだ。
asobiでは釣りやハイキング、テントサウナ、焚き火などのアクティビティができて、しかもそのほとんどが参加費無料、予約も不要。それは「偶発的に遊べること」を大事にしているから。asobiスタッフの方はまるで親戚のお兄ちゃんお姉ちゃんのような距離感で、「遊び」に誘ってくれる。楽しいだけでなく、五島の人の温かさを感じられる時間でもある。
私がカラリト五島列島に宿泊した時も、原野さんが準備してくれたテントサウナで心ゆくまでリフレッシュできた。サウナはしっかり高温で、フレッシュな木の香りがするロウリュまで用意してくれている。
原野さんが薪をくべながら「熱さ加減どうですかー!?」と声をかけてくれた。もう、ばっちりです。アチアチのサウナで汗をかいた後は、鮮やかな青い海を眺めながらチェアの上に寝そべるのだ…最高ですとしか言いようがない…。
原野さんは終始笑顔でサウナの管理をしながら、テンション最高潮の私と、一緒に遊びを楽しんでくれているように感じた。
そんな原野さんは、現在asobiの担当の他にも、フロント、レストランを含む全セクションのプロジェクトマネジメントも同時に行っている。
この街の「遊び」を知り尽くす原野さんに、合言葉を聞いてみた。
ばしょ 【半泊】
「五島は、程よく山と海があり、外でのライブアクティビティにはまず困らないです。自分で娯楽を見つけられる人にとっては最高!映画館やバッティングセンターも楽しかったんですが、キャンプとかマリンスポーツとか、やったことなかったことに挑戦している自分が今はすごく好きです。」
充実した福江島ライフ。中でも「半泊」というエリアが、原野さんが個人的に大好きな場所だそうだ。
「半泊海水浴場の浜は、玉砂利でできているんです。波の音は普通『ザーッ』と聞こえるのに、そこでは砂利石が『ころころころ…』と転がるんです。他の海にはない音ですね。
しかも立地も面白くて、何だか「千と千尋」の冒頭シーンみたいな、森の中の細い道を車で通っていくんですよ。その先に、抜群の景色が広がっている。本当に、心が洗われる場所です。」
半泊は、五島列島福江島の北東部にある。江戸末期、潜伏キリシタンの数家族がキリシタン弾圧から逃れるため大村藩からやってきたものの、全員が住むには狭すぎたため、半分は別の地に移住し、半分がこの地に留まったことから、「半泊」と呼ばれるようになったそうだ。
「そこには『さとうのしお』というカフェがあるんですよ。僕が五島の母、五島の父と思っている店主のご夫婦がいて、そのお二人とお話しするのがとても心地いいんです。コーヒーを飲みながら『あら今日も来たの〜』『来ました〜』みたいな、たわいも無い会話をしているうちに、地元に帰ってきたような温かさに包まれて、心がデトックスされます。」
もの 【島民カード】
この街の暮らしでなくてはならない、大切なものを聞いてみたら、予想外の答えが返ってきた。島民カードとはなんですか!?
「島民カードは、移動費がおおよそ半額になるカードです。2万円かかる飛行機代も1万円になるんですよ!」
「島にいるだけだと視野が固まってしまうし、色んなところを見て良いところを吸収しないとダメだと思うんです。それに、今まで出会った人たちも大切にしたい。人と人の繋がりはずっと続くもので、それは絶やしてはいけないもの。」
福岡が地元の原野さんは、たびたびカードを活用して帰省している。
「外に出ると五島に帰りたくなるし、五島にいたら外に出たくなる。それがサイクルで続くから、僕はここに居られるっていうのはあるかな。」
原野さんが勤めるカラリト五島列島には『都市と地域を行き来する』という理念がある。働く人もその理念を叶える自由さ、身軽さを島民カードが後押ししてくれているのは間違いないだろう。
島民カードはたった300円で作れるらしい!これは五島に移住したら、使わない手はないですね。
ちなみに「なくてはならない、五島らしくていつも身近にあるもの」、他には「野菜と魚」とのこと。確かに五島は本当に食材が美味しい。なかでも原野さんの一押しはパプリカとイカだ。
「パプリカはダントツで美味しい!甘いし大きいし、ジューシー。だからと言ってなぜ美味しいのかは誰も分かってないんですよ(笑)五島の土が良いとしか言われてなくて。」
「魚はこっちにきて色々食べてきたんですが、移住前に島の人が出してくれたイカの天ぷらが本当に美味しくて。ほぼ、それで移住を決めました(笑)」
冗談っぽく笑う原野さん。移住した今でも島の方からイカのお裾分けがあると、跳んで喜んでしまうそうだ。普段から食卓に並ぶような食材が、絶品と言えるほど美味しいのは、なんて豊かなことだろう。
ことば 【お金でなく、気持ちが飛び交う。】
この場所の魅力は、何よりも「人の温かさ」だと語る原野さん。福江島の人は、感謝の気持ちや、元気にしてる?の意味を込めた行動を、お金ではないやりとりで表現することが多いそうだ。
「ありがとうの気持ちをお金ではなく、物々交換で表現しているなって。お金が絡まない行為だからこそ、特別な日だけではなく、何かをあげる、あげる為に会うなどの光景が日常に満ち溢れていて、その行為の本質に『自分の嬉しい気持ちを分けたい』みたいな感覚があるんですよ。それが五島らしい、人の温かさですね。」
例えば、島の方達が「野菜が余っているから、食べない?」「カツオがいっぱい釣れたから、いらない?ウチに取りに来てよ。」と、頻繁に声をかけてくれること。自分で全部食べられるだろうし、市場で売ることもできるのに、分けてくれる。シェアすることで、美味しさや釣れた喜びなんかも一緒に楽しく共有したいという感覚だと、原野さんは言う。
しかも、島の人たちは手渡す時に「ありがとう、頑張ってね!」と声をかけてくれることもあるそうだ。優しくしてもらっているのはこちらなのに。お裾分けを介して、あなたを気にかけているよというメッセージが伝わってくる。そんなやりとりが島のあちこちで起こる。
「五島に来てこのコミュニティに出会えたことを、すごく良かったと思っています。恩返しできていないのが悲しいぐらいです。でも何かあったら絶対お返ししたいなって、心の隅でいつも思っています。本当にこの島が好きですね。」
年間200人を超える移住者を受け入れる、五島列島。その中でも福江島は特に利便性も高く、移住者も多い島だ。移住者も含め周りの人との繋がりが自然と生まれ、気付けばみんなが親戚のような関係になっている。日常的にお互いを気にかけ合う、温かな雰囲気がこの島にはあった。
文・ホテルみるぞー